第二話・兵士の日記は虐殺を意味しているか?
北京オリンピックの案内冊子に描かれているイラスト。ハルヒ?
「作者注:このページにおける東中野修道氏の発言は、東中野修道著『「南京虐殺」の徹底検証』(展転社)を元に構成しています。
本の主張通りに引用されていないところがもしあればお知らせください。」
「作者注:このページは、前回の続きです。まだ前回を読んでいない人は読んでくださいねv」
「それでは本編がはじまるぞ。まずは前回の復習だ。
南京大虐殺の証拠と言えば、真っ先に挙げられるのが 日本兵が記した日記だ。
『中国人を殺した』とはっきり書かれている日本兵の書いた日記は 歴史史料として大量に保管されている。」
(11月27日)支那人のメリケン粉を焼いて食う。休憩中に家に隠れていた敗残兵を殴り殺す(中略)鉄道線路上を前進す。休憩中に五、六件の藁ぶきの家を焼いた。炎は天高くもえあがり、気持ちがせいせいした。
(11月28日)部落の十二、三家に出火すると、たちまち火は全村を包み、全くの火の海である。老人が二、三人いて可哀想だったが、命令だからしかたがない。次、次、と三部落を全焼さす。そのうえ、五、六名を射殺する。意気揚々とあがる。
(11月29日)武進は抗日、排日の根拠地であるため全町掃討し、老若男女をとわず全員銃殺す。
トンヤンピン口口口口ニーライライと呼べど振り反りつつも尚逃走せるにより、距離三百メートルにして一発射てばヨロヨロと水中に倒れ、そのまま再び起たず遂に死せり。
「これらの日記を収録した一次資料として「南京戦史」「南京戦史資料集Ⅰ」「南京戦史資料集Ⅱ」などがある。
史料として日本兵の日記が重要視されるのは、いくつか理由がある。
まずは、なんと言っても 虐殺の当事者が現場で書いていること。殺して日をおかずに書かれた文章は、記憶違いやどっかの組織による洗脳の入り込む余地がない。
それから、これは 加害者側によって書かれている文書であること。被害者側が書いているのなら、『被害者がされてもいないことを大げさに書いている』という疑いがあるが、加害者側なら、そういう心配もない。
最後に、 日記は基本的に誰かに読まれることを前提としていないこと。南京陥落当時、日本軍は中国軍に対し連戦連勝だった。
兵士たちは、まさか負けることも、将来アメリカを敵に回して戦争することも夢にも思わなかった。
そんな状態で、何を楽しくてやってもいない虐殺を日記に書くのかってと言えば、そんなもん現実世界で助けてやった鶴が本当に人間に化けて恩返しにやってくる確率よりも低いだろう。」
「確かにそうですね…。そこまで史料がそろっているのなら、細かい詳細はともかく、大まかな流れは疑いようがないですね。」
「普通に考えれば、南京大虐殺があったというのは、常識だ。
大学で日々史料を発掘しながら歴史を考えている学者や、良識ある大人は、みなあったのが当たり前だと思っている。
常識的に考えれば、まだ高校生で知識も経験も浅い俺たちならともかく、
厳しい社会のなかに生きているいい年こいた社会人が嘘の歴史にだまされているなんて考えられん。
大量の史料をその中の一つや二つならともかく、全部を否定するなんて、常識的ではないな。 」
「キョン、あなた本当に常識好きね。そんなに常識が正しいとでも思ってるの?」
「 当然だ。
常識こそが宇宙人でも未来人でも超能力者でもない俺たち一般人が信じられる真実の光。小説や漫画やアニメでない限り、
たまたま入った文芸部の部員が宇宙人だったとかそんな非常識なことがあるはずないのさ。」
「 バッカじゃないの?
常識的に考えたら実際にあったに決まっている南京大虐殺が本当にありました、そんなオチなんてつまらないじゃない。
そんな世界、本当におもしろくもなんともないわ。」
「あいにく世界はお前をおもしろがらせるためにできているわけじゃないんでな。
常識を打ち破ろうなんて風車に突進するどっかの自称伝説の騎士みたいなマネはやめておいたほうがいい。
失敗する確率が99%のチャレンジは、現実では本当に99%失敗する。
マンガでは100%成功するが。 」
「若いうちからそんなことでどうするの?もっと夢をもちなさい!」
「せっかくだが、歴史上のできごとが本当にあったかどうかなんて、俺の年齢には全く関係がないからな。」
「 ところがどっこい!」
「誰もが信じた南京大虐殺が、実は嘘だったという新事実が発覚したのよ。
紹介するわ。嘘を暴いた張本人、亜細亜大学教授の東中野修道さんよ!」
「どうも、東中野修道です。修道は「しゅーどー」って読みます。
職業は支那人のプロパガンダを暴き、日本人の日本人の誇りを取り戻すことです。」
「振り返れば戦後六十年間、日本人は 日本の誇りを忘れてきました。
対米戦で敗れてからのち、日本はプライドをなくしてしまった。
朝日新聞などの反日勢力がことあるごとに日本は悪いことをした、日本人は反省しなければ、といったような
でっちあげばかりされて、日本という国家が悪であるかのように皆が思ってしまっている。
今こそ、戦前の大日本帝国の輝き、日本の誇りを取り戻さねば。 」
「どうもよろしく。お会いできて光栄です。
さっそくですが、あなたのお話から想像するに、南京大虐殺とは中国の流した嘘なのでしょうか?
と言うことは、南京大虐殺の証拠の一つである、日本軍兵士の日記はどうなるのでしょう?
中国人が嘘の宣伝をするために日本軍の内部に入り込んで嘘の日記を書いて回ったんでしょうか?」
「それはいくらなんでも不可能です。
南京大虐殺の証拠とされている日記は、例えば中島今朝吾第16師団師団長のものがあります。
当時南京占領軍10万人のうち、師団長は 5人しかいませんでした。
そんな偉い人の日記を捏造するなんてことは、いくら支那のプロパガンダが強力でも不可能です。」
「じゃあどういうことなんだ?書いていることが事実なら、南京大虐殺はあったことなんだろ?」
「かいてあることは事実です。ただ、その解釈が間違っていたのです。」
「解釈?ですか?」
「そう。解釈です。実際に見てみましょう。12月13日の日記です。南京戦史資料集Iから引用します。」
部隊をトラックにて増派して監視と誘導に任じ
十三日夕はトラックの大活動を要したりし しかしながら戦勝直後のことなれば中々実行は敏速に出来ず かかる処置は当初より予想だにせざりし処なれば参謀部は大多忙を極めたり
一、後に到りて知る処に依りて佐々木部隊丈にて処理せしもの約一万五千、太平門に於ける守備の一中隊長が処理せしもの約一三〇〇其仙鶴門附近に集結したるもの約七八千あり、尚続々投降し来る
「この、 捕虜はせぬ方針なれば片端よりこれを片付くるというのは、捕虜の即時処刑を表しているものと思われてきました。」
「まあ、そうとしか読めんよな」
「そう。みなが信じました。ところが、そう考えると、”ムジュン”が出てくるのです。」
「”ムジュン”?」
「そう。この文章を、 捕虜の即時処刑と解釈すると、つじつまがあわない箇所がでてくるのです。」
「まずはもう一度問題の日記の初めの箇所を読んでいただきたい。
『大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之を片付くること
となしたるも
千五千一万の群集となれば之が武装を解除すること すら出来ず』
書いてあること、分かります?」
「捕虜を処理する方針だということ。それから、捕虜の人数が千五千一万…
多すぎて正確な人数は数えられないけど1000~10000くらいの大量の人数だったようですね。 」
「ここで疑問が沸いてきます。
第十六師団は「片端より之(捕虜)を片付くる」ことにしたといいます。
つまり、あれこれと区別しないで、手に触れるものから次々と手当たり次第に銃殺したことになります。
十人、二十人と、かたっぱしから銃殺すればどうなります? 銃声がひっきりなしに聞こえたでしょう。
それなのになぜ、大量の群集が遠くに逃げようともせずに投降してきたのでしょう?」
「……。」
「さっきの続きの箇所です。
ただ彼等が全く戦意を失いぞろぞろついて来るから安全なるものの
片端から銃殺したのなら、方々に銃殺された死体が折り重なっていたでしょうね。
捕虜たちはそれを見たはずなのに、 なぜ騒ぎ立てもせずにおとなしく「ぞろぞろついて」きたんでしょうか?」
「……。」
「さらに次の部分に行きましょう。
部隊をトラックにて増派して監視と誘導に任じ
十三日夕はトラックの大活動を要したりし
しかしながら戦勝直後のことなれば中々実行は敏速に出来ず
かかる処置は当初より予想だにせざりし処なれば参謀部は大多忙を極めたり
ここはどうでしょう?」
「捕虜がたくさんいすぎて、処理ってのが間に合わなかったようね。トラックで作業を手伝う人たちを呼んでるわ。」
「そう。ここでまた疑問がでてくるんです。
処理の意味が 銃殺なら、トラックで助けを呼んで監視と誘導なんてさせなくていいんです。
そんなことしなくてさっさと銃殺してしまえばいいんです。
なぜわざわざ監視と誘導なんてして「大多忙を極める」必要があったんでしょう?」
「………。」
「最後にもう一つ。陣中日記では、 武装を解除することすらできずって書いてある部分がありますが、処理の意味が即時処刑なら、この表現おかしいんです。
捕虜の処理が即時処刑なら、中島師団長の嘆くべきは捕虜が多すぎて「銃殺すらできない」ことでなくてはならない。
要するにこう書かれていなくてはならない。
大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之を片付くる(銃殺する)こととなしたるも
千五千一万の群集となれば多すぎて銃殺すら出来ず
しかし実際の日記にはこう書かれている。
大体捕虜はせぬ方針なれば片端より之を片付くることとなしたるも
千五千一万の群集となれば之が 武装を解除すること
すら出来ず
これは”ムジュン”ではないですか?
」
「疑問点をまとめましょう。
『捕虜の処理』が銃殺だとしたら、疑問に思える部分です。
A.日本軍が支那人を手に触れるものから次々と手当たり次第に銃殺したのなら、銃声がひっきりなしに聞こえたはず。
それなのになぜ、大量の群集が遠くに逃げようともせずに投降してきたのか。
B.片端から銃殺したのなら、方々に銃殺された死体が折り重なっていたはず。
捕虜たちはそれを見たはずなのに、 なぜ騒ぎ立てもせずにおとなしくぞろぞろついてきたのか。
C.なぜさっさと銃殺せずに、トラックで助けを呼んで監視と誘導などして多忙を極める必要があったのか。
D.なぜ、『銃殺しようとするけど銃殺すらできない』という書き方でなく、
『銃殺しようとするけど武装の解除すらできない』という書き方なのか。これは文章の捩れではないのか。」
「確かにそうね。捕虜の処理を即時銃殺と捉えると、おかしいことばかりだわ!
それで、 じゃあこの文章はどうゆう意味なの?」
「それは想像することができます。
中島師団長が「武装を解除することすらできず」と嘆いたということは、
「捕虜の処理」の途中の作業に武装解除があったと分かります。
武装解除を経て、捕虜の処理と言える内容は一つしか考えられません。
すなわち、 捕虜を武装解除して釈放することです。」
「そうなのね!やっぱり日本軍は中国人の大量殺戮なんてしていないのね!」
「はい。日本軍は、武器を取り上げれば危険はないと、 今までの戦いは水に流して釈放したのです。」
「さすが日本軍は お人よしね!
今まで殺し合いをしてきた相手を武器を取り上げるだけで放してしまうなんて!
これぞ 武士道だわ!」
「今までの南京事件研究者は一様に『捕虜の処理』を即時処刑だと言っていましたが、
私が上に挙げたような明確な疑問点がある以上、私のように一度投降してきて捕まえた捕虜を解放してやったととらえるのが正しいでしょう。」
「全く今までの研究者は何を考えていたのかしら?
こんな明白な”ムジュン”があるのに気づかないなんて、オオマヌケもいいところね。」
「……。」
「おい、古泉。今の東中野さんの話、どう思う?」
「そうですね…。ぱっと見、正しそうですが…。」
「そうか。しかし、ちょっと引っかかるんだよな。
当時南京にいた日本兵の日記で、中島師団長の日記みたいにあいまいな書き方じゃなくて、
直接「殺した」と書いてある日記なんて山ほどあるし…
こういう記述はどう説明する気なんだろ?」
「そうなのですか…。正直なところ、よくわかりません。僕は当時の南京について、何も知らないのですから。」
「………。」
「あの…。キョンくん、ちょっといいですか…?」
「はい。朝比奈さん。何でしょう。
朝比奈さんがおっしゃることなら、何でも聞きますよ。」
「前に出てきた六六連隊の戦闘詳報(ここ参照)
を思い出したんです。
これって、一度捕虜の身体検査をしてから、一箇所に捕虜さん達を集めておいて、
50人ずつ連れ出して周りに気づかれないように刺殺してますよね?
ということは、中島師団長の率いる部隊もそんな風にした可能性もあるのかな、と。」
「そういえばそうですね…
『捕虜を片づける』の意味が、例え全員殺すことを意味していても、暴動を起こされても困るでしょうし、
別に銃を乱射するとは限らないですね。
すると、東中野氏があげた 疑問点A
(参照)は 必ずしも疑問点とはいえないかも知れないですね。」
「
(せっかく俺が朝比奈さんに話しかけられてるのに割り込むな、古泉)
確かにそうです。六六連隊だって、一気に火をつけて殺そうとして失敗しているし、
せっかく向こうは無抵抗で投降してくるんだから、効率よい殺し方を考えたんでしょうね。 」
「とすると、 疑問点B
(参照)、 疑問点C
(参照)
も説明できますね…。
大量の捕虜を監視しておいて、端から少人数づつ連れ出して殺していったとすれば、ムジュンは無くなります…。」
疑問点C なぜさっさと銃殺せずに、トラックで助けを呼んで監視と誘導などして多忙を極める必要があったのか。
「
うーん。
要するに、中島師団長の方針、「捕虜を片付ける」は、
(1)捕虜の武器を取り上げる
↓
(2)捕虜が抵抗できない場所につれていく
↓
(3)殺す
という意味だったってことですね?
そのように考えると、 疑問点D(参照)も別に疑問ではないですね。
(3)まで全てしたいのに(1)すらできないという意味になり、おかしいところは何もありません。
」
「というより、そもそも東中野さんの言う自然ならこうなるはずの文のほうが よっぽど不自然な気がします…
銃殺しようとするけど銃殺すらできないって…。
お昼が食べたいけどお昼を食べることすらできないっていう文と同じじゃないですか。
不自然に二回繰り返していて、この方がよっぽどおかしいです。」
「朝比奈さんの言ったように考えれば、 疑問点A,B,C,D全て説明がつくわけですか…
つまり、 この日記は捕虜を片付ける=殺害と捕らえても不自然じゃないってことですか?」
「 あなた達何を勝手なことを言っているのですか?
私が証明した捕虜を片付ける=釈放するという意味だという事実が嘘だとでも? 」
「 そうは言っていないでしょう。
ただ、捕虜を片付ける=殺害でも十分に考えられると言っているだけです。」
「
そうでしょう。
それはそうです。私の言っていることは正しいんだから。
いくらあなた達が疑り深くても、私の言う捕虜を片付ける=釈放する説が間違いであるとは言い切れるわけがないですよね。」
「 その通りですね。この文章だけでは、はっきりしたことは言えないと思う。
やはり、しっかりした意味を捉えるのには 話の前後関係を調べないと…
東中野さん、この日記は、 「南京戦史資料集 I」から引用したものと言いましたよね?」
「…え、ええ。そうですが…」
「長門、南京戦史資料集 Iあるか?一度見てみたい。」
「ある。」
「 ダメええええ!!!!」
「え…?どうしたんです?」
「 絶対にダメです。南京戦史資料集 Iを見てはなりません。」
「どうしたのでしょう?私達が南京戦史資料集 Iを見ていけないのでしょうか?
東中野さんは見たから引用できたんですよね?」
「 とにかくダメと言ったらダメなんです。
「…。」
「 中島師団長の日記のうち、今話している件に関する部分は私が引用した部分だけです。
他のところはとくに見てもしかたありません。」
「でもヒントくらいは見つかるかもしれないし…」
「そんなものはありません」
「なんだかよく分からないけど、これは読んだほうがおもしろそうね。
有希、ちょっとその本貸してっ」
部隊をトラックにて増派して監視と誘導に任じ
十三日夕はトラックの大活動を要したりし しかしながら戦勝直後のことなれば中々実行は敏速に出来ず かかる処置は当初より予想だにせざりし処なれば参謀部は大多忙を極めたり
一、後に到りて知る処に依りて佐々木部隊丈にて処理せしもの約一万五千、太平門に於ける守備の一中隊長が処理せしもの約一三〇〇其仙鶴門附近に集結したるもの約七八千あり、尚続々投降し来る
一、此七八千人、之を片付くるには相当大なる壕を要し中々見当らず。一案としては百二百に分割したる後適当のか処に誘きて処理する予定なり。
「おおお?」
「え?」
「ほう」
「…。」
「 何だこりゃ?続きがあるじゃないか!
相当大なる壕を要し…って、何で捕虜を解放するのに 大きな穴がいるんだ?」
「そうですね。 大きな穴と言えば、殺した捕虜を埋めるためとしか考えられません。」
「それに 百二百に分割した後、適当の箇所に誘って処理する予定って…。
さっき見た六六連隊の少人数ずつ誘い出して殺す計画そのまんまじゃないですか?」
「つか、東中野さん、引用したってことは、あなたもこれを見たんでしょ?
なぜ、意図的に引用部分からこの箇所をカットしたんですか?」
「……。」
「キョン君。いけませんな。どうやらあなたは日教組に洗脳されているようだ。」
「にっきょうそ?なんだ、それ?」
「日本教職員組合。主に教師を対象とした労働組合ですね。」
「そうです。日教組が戦後日本の自虐教育を作り上げたのです。
日本はアジア各国を侵略しただの、大日本帝国憲法には欠陥があっただの、
そう言った嘘を教えたのです。
しかも、彼らは文部科学省や教育委員会を悪魔の手先であるかのように言う。
今ある教育問題は、全て日教組に原因があるのです。」
「労働組合って何ですか?」
「労働組合―労働者がその労働条件の維持・改善、また経済的地位の向上を主たる目的として自主的に組織する団体」
「要するに、働かせすぎの中止や賃上げ要求などの働いている人の意見を取りまとめる組合ですね」
「春になると、よくニュースで春闘ってやるでしょ?旗もって賃金一万円アップ奪取!とかやってるの。あれをやってるのがこいつらよ。」
「じゃあ、いい団体なんですか?」
「 そうとばっかりは言えなんじゃないでしょうか?
要するに、いかに働かなくて給料を多く貰うかってことを追い求める団体なんですから。働かせすぎも問題ですが、働かなさすぎも問題です。
何事もバランスじゃないでしょうか? 」
「労働組合の活動が行き過ぎると、雇用者や社長(日教組の場合は文部科学省や教育委員会)を攻撃するようになったり、
仕事をボイコットしたり、(いわゆるストライキ)好ましくない状態になることもあるようです。
ちなみに2007年現在、日教組に入っている教員は全教員の 28.3%。
あまり現場の教員に支持されているわけではないようです。」
「それで、その日教組が、どうやって俺らを洗脳したっていうんだ?」
「 決まっているじゃないですか。
歴史の教科書に第二次世界大戦で ナチスや 大日本帝国が悪いことをしたかのように書かれていたり、
南京大虐殺がさも事実のように書かれているのは、日教組のせいです。」
「 ?
しかし、教科書を採用する文部省や教育委員会は、日教組と対立してるんだろ?
なぜ日教組が教科書に影響があるんだ?」
「作者注:日本の教科書は、文部科学省が作った指針に基づいて業者が作り、文部科学省が検定します。
文部科学省が合格のハンコを押した教科書を、各地区の教育委員会が実際に採用します。」
「 それが反日サヨクの恐ろしさなのよ!」
「ん?」
「日教組は最初に言った 反日サヨクの手先よ。
反日サヨクは、 超能力としか思えないことをするの。
なんてったって、何の関係もなく見える文部科学省まで支配しちゃうんだから!」
「はあ。」
「それだけじゃないのよ!
日教組は、何も知らずに教員採用試験を受けて教師になった人間を洗脳して、捏造した歴史を教えさせるのよ!」
「ああ、疲れたー。しかし、今日はオレ様の記念すべき社会科教師一日目だからな。よくがんばったぜ」
「ちょっと鬼塚君、いいかね?我らの集会に参加してほしいのだが。」
「あー、なんすか?」
「君に参加してもらったのは、他でもない。頼みがある。君に、授業で日本を悪く言ってもらいたい。」
「何で?」
「我らの目的のためだ。子供達に、反日感情を育てるためには、反日思想を授業で刷り込まなければならない。」
「分かりました。 イチ教師として、精一杯日本の悪口を言います。」
「何だ?これ。」
「何って、毎年新任教師に対して日教組が行っているはずの秘密集会よ。」
「そんな話、聞いたこともないんだが。」
「秘密集会だからね。」
「ただの妄想じゃないか?」
「 状況証拠はあるわ。
日本の教師のほぼ全員が捏造された歴史を教えていることよ。」
「その捏造された歴史とやらが捏造である根拠は何だ
その捏造の原因が日教組であるという根拠はなんだ
そもそも、人が簡単にそんなトンでもない頼みを引き受けるわけないだろ
しかもそんな秘密集会があったら絶対にバレルだろ
」
「普通に考えたらその通りよ。
奴らの機密の保持具合は、 生来目が見えぬことを誰にも悟られなかった月光並みにすさまじいものがあるわ。
だから反日サヨクは恐ろしいのよ。」
「男塾なんて、今時の若者は知らないと思うぞ…
……それで、歴史を論じるときには原典に当たれって事の、どこが日教組の洗脳なんだ?」
「まあいいじゃないの。次いくわよ!」
「次に、 山田栴二第十三師団歩兵第百三旅団長の日記を取り上げましょう」
「長い肩書きね…しかも、第103旅団って…
こうしてみると、中国に派遣された軍って、本当に大規模なのね。」
「山田栴二日記を引用します。
なお、鈴木明氏が初めて発掘した山田栴二日記と、南京戦史資料集IIの山田栴二日記は、 表現にちょっとした違いがあります。」
「なぜ表現に違いがあるんですか?」
「 それは言えません。
とにかく、ここでは後者に基づき引用をします。」
「言えないってどういうことだ?
しかも、なぜ南京戦史資料集IIからなんだ?
普通に考えれば、初めて発掘されたままの日記の方が正確に当時のことを表してるだろ?」
「それも、言えません。」
「だから何で言えないんだよ!」
「まあまあ、まずはお話を聞きませんか?」
「そうよ、キョン。文句をいうのは、話を聞いてからでも遅くないわ。」
「よろしいでしょうか?
では、引用します。
この、 皆殺せのことなりの記述が、日本軍の組織的殺害方針を示すものだと思われてきました。」
「そうですね…というより、 組織的殺害方針以外に読めないと思います…」
「はい。皆がそう思いました。
しかし、この日記が、山田旅団長が捕虜を殺す計画だったと取ると、 ”ムジュン”が出てくるのです。」
「また”ムジュン”ですか…」
「二行目までは問題ありません。
本間騎兵少尉が命令を伝えるためにやってきた。命令の内容は「皆殺し」」
「その通りね。誰が読んでもそうとしか読めないわ。」
「問題は次です。
各隊食糧なく困却す
食糧の有無と、皆殺しには、全く関係がありません。
それどころか、食糧が無いことは、敵兵を弱らせるために有利に働きます。
これが、 皆殺せのことなり、各隊弾薬なく困却すなら分かりますよ。弾薬がなければ捕虜を皆殺しにできませんから。 」
「つまり、この日記はどういう意味なんだ?」
「つまり、この日記を書いた山田少将には、殺す意図はありません。」
「この日記は
皆殺せとのことなり。
しかし、それは私としてはできないから、何とか戦場から追放する処置にしたい。ただ追放の時まで連隊に留め置くには
各隊食糧なく困却す
の赤字の部分が省略されていたんだよー!!」
「何だってー」
「
ノストラダムスの詩山田少将の日記にそんな意味が隠されていたとは…
それで、キバヤシ東中野さん、もう一方の資料にはどうやって書いてあったんですか?
」
「だから言っているでしょう。ここで明かすことはできません。」
「チッ、やはりそうか。おい長門、
東中野さんが引用した方じゃないバージョンの山田栴二日記あるか?」
「ある。」
「おお。サンキュー。どれどれ…?
「え?」
「ふむう」
「どうやら、これは、 捕虜に食わせる食糧なんて無いから、みな殺せっていう意味だったようですね。
そう考えると、 皆殺せという命令と食糧の有無は関係ないとおっしゃったさっきの東中野先生のお説は、意味をなさなくなりますね。 」
「何だこりゃ!捕虜を殺すことと食糧の話は関係ないから、これは捕虜を解放したいって部分が省略されているとか、
妄想もいいとこじゃないか!」
「作者注:東中野さんの言ってることがあまりにも酷いので、
東中野さんが言ってもいないことをHPに載せているんじゃないか…と思われる方もいるかもしれません。
でも、本当に著書にそう書いてあるんです。(参照) 」
「これは一体、どういうことだ?
なぜ、わざと資料をいい加減な形で引用して意図的に誤読するようなことをするんだ?」
「…………。」
「いや。あの。その。」
「キョン、それは仕方がないわ。
人間、間違いは誰にでもあるんだから。
それより、南京大虐殺が嘘だと証明しようとした 愛国心が大事なのよ。」
「いや、その事なんだが…。
東中野さん、あんた、ひょっとして、 南京大虐殺が実際にあったことだって知ってるんじゃないか?」
「え?」
「なぜあんたは中島師団長の日記の最後の部分を切り取ったり、南京の氷雨バージョンの山田栴二日記を隠したんだ?
その部分をそのまま読者に見せたら、読者が自分の説の破綻に気づいてしまうからじゃないのか?
もしあんたが南京大虐殺が本当に無い事だと信じているんだったら、証拠の日記を隠さずに堂々と見せていただろう。
証拠を真正面から吟味すれば、「南京大虐殺は虚妄」という結論に達するはずだからな。
あんたがわざと日記の意味することを取り違えたのは、取り違えなければ、正しく読んでしまうと
南京大虐殺は本当にあったことだという結論に達してしまうって思ったからじゃないか? 」
「…………。」
「………。」
「…………。」
「ミナ・オレン・スオマライネン・エン・プフー・サクサンキエリ(俺フィンランド人 ドイツ語わからない)」
「な゛っ」
「言葉が分からないんじゃしょうがないわよね。じゃあ、次回に続くわよー」